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日本酒感想日誌

フレデリック・マニャン クロ・ド・ベーズ02

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フレデリック・マニャン
シャンベルタン・クロ・ド・ベーズ グラン・クリュ 2002
抜栓:8時間前
price:¥36,000-

たぶん著名なネゴシアン。
畑の所有者から委託を受け、栽培チームを派遣し畑の管理を全て自分達で行う新しい形のネゴシアンだそうで、限りなくドメーヌに近いなんて言われたりするらしいです。この畑とか当時が道なのかは知らんけど。
『人気のネゴシアン。100ケースの少量生産。新樽100%15ヶ月熟成。テロワールの個性がストレートに表現されたピュアな果実味がある。』と書いてあるところがありました。


クロ・ド・ベーズは記録で確認できる最古のクリマです。
西暦630年(!!)、ベーズ修道院に寄進された土地に修道士たちが植樹して石垣で囲った事がはじまりで、またそれ以来石垣(クロ)が無くなった事を除けば区画は不変だという。
つまり歴史の最初期から存在し、以降ずっと価値を認められてきた特別なクリマと言えるわけですが、そこにどういった物を感じ取れるか。
前回はダモワを飲んでうめーで終わってしまったので、今回はもうちょっと頑張ろう。


少し赤めの鮮やかな濃い色合い。
黒系果実のザっとした感じに、花の香や赤系果実が綺麗にうっすら溶けて、さらにケモ革。
ちょっと適度に青いような清々しさも感じつつ、練れた妖艶さもある香り。

やや鉄っぽいような味わいがあります。
チャーミングな要素も溶けているが、太めのタンニン感でややビター。
発酵的な旨味感や塩味、さらにその中でほんのり青さとか土とかタバコとか色んな要素を感じさせ味わい深い。
甘さが足りてないわけではないが甘美なタイプというわけはない、元祖にして典型的な修道院ワインですからそりゃあね。


果実味や凝縮感も感じるし、きめの細かいシルキーさで柔らかく、ともするとトロミ。
しかし一方でやはり享楽的ではなくてどこか抑制的で、どちらかというと奥深さや複雑さをじんわりと味わうワインのような気がする。
ピュアーなんだけど、ズーンとミネラル感とか存在感。
ともすると少し野暮ったいような重めの味わいが出るポイントもあるが、一方で土台に支えされつつ華美でなく厳かにエロティックな練れた様な味わいを感じるところもある。

特級か1級かは、どっちですかって言われたら何となく飲んでわかるような気がするな。別にそういうゲームに価値はないけれど、感覚は養っていきたい。
ジュヴレ好きなのでジュヴレの1級の上位とかだとちょっと区別つかないかもしれない。
村まで教えてもらえれば区別つくはず、たぶん。



良いですね。
ただクリマの影響だと思われるのですが、ものすっごい華やかでわかりやすい感じではないんだと思います。
ダモワの記事も見ながら感じるのは、まずはトロミがあるなと。
そしてピュアーですが、タンニンやともすれば鉄分があります。
重心の低さや太さ、ミネラル感も含めて芯にあるのはややドライな味わい。
ともすると若干オーキーだったり、あるいは土っぽいというか。
そこからやや硬質にほんのりドライフラワーとかスパイシーな香りが頭上に抜けるというか、現代においてコレのウケが凄く良いとは思わないけど独特の感じはありますよね。


とにかくこのあたりは気軽に買える価格ではないんですが、出来ることならちょいちょい飲むべき。そうすることで知見を深めたり自分の感覚を研ぎ澄まし、日本酒も含む飲酒体験が楽しくなると思います。

しかしブルゴーニュってのは面白いもんで全然違うんですよ。
特級で見てもヴォギュエのヤングミュジニーの鰻に合う感とか、あるいはヴォーヌの1級なんかヘタするとちょっと水っぽく感じたりする感じとか、全く違う。
ジュヴレの特級は……ルモワスネのシャルム2013がありますね、サインボトル。たまには若いのも飲んでみるかと買ったやつ。開けるのはいつになるでしょうか。

しかしまあ何というか(笑)。
飯を食いながらどうこうとか、素人が飲んで上がるとかそういう感じじゃないんだよねw
この辺は例えば松の司ブルーとか日置桜とか日本酒初見で飲んで好き!って人が何人いるかって話。そんな20代前半がいても逆に胡散臭い的な。
現代の日本人には適合しかねる個性。

甘くないしそんなに香るわけでもない。
それでも液体として奇妙な一体感がある。
芯はカチッとしているけど表面は熟れていて、ともするとあまりブルゴーニュっぽくないまであるけど、2002か。
味わいとしては華やかではないんだけど、タッチとかグルーヴとして、メローで熟れてエロい。
でもランクが下がるとピノでこの濃さは出ない。

もちろんこのボトルがこのクリマの代弁者とは限らないんだけれども、こればっかりは数を重ねるしかない。
なんとなくこう、とろりと濃密で思いんだけど、味わいは抑制的でもあり、かつ上へ抜けるようなカチッとしたところがある。
かと言って細く繊細でもなくある程度の太さがあり、酸味は練れているみたいな。
決してわかりやすい感じではないんだけど不思議と量は進んじゃう。
気づけばひと瓶まるっと開けている。
ただあんまり人にお勧めするかというとそういう感じではない。




■下記に大変参考にさせていただいた田中克幸氏のコメントを引用いたします。

ワインの著名なライター(賛否あり)ですが、日本酒ファン向けに話せば、近年の松の司にかかわりのある方です。
添えるなら、ワインを語るならキリスト教の影響は避けられないと思います。現代の日本では宗教的な話は軽視されがちですが、過去においてはコロナに対してワクチンを打つような現実的な対処と同様の感覚で、大仏を建立したり和歌を詠んだりしていたはずです。
手段は違いますが、目的に対して発揮される人間のパワーという意味ではともすると現代以上のものがあったはずで、修道士がキリストの血たるワイン造りに、とてつもない心血を注いだのは想像に難くありません。


 『クロ・ド・ベーズは歴史的に見てブルゴーニュの最重要ワインであることは議論の余地がありません。640年、アマルゲール公爵がベーズ修道院に寄進した土地に修道士たちがブドウを植えたことに始まるクロ・ド・ベーズは、その区画自体も不変だと言われています。ブルゴーニュが「クリマ」のワインであるという基本的な見方からすれば、歴史の最初期に特別な土地として認識され、以降もそう認識され続けてきたクロ・ド・ベーズは、ブルゴーニュとはなんなのか、とりわけ、グラン・クリュという価値尺度とはなんなのか、という本源的な問いかけに対する答えとなるワインです。
 味わい的にも価格的にもそう頻繁に飲むワインではないにせよ、それなりのインターバルで再確認していく必要があります。そしてクロ・ド・ベーズは、隣にあるシャンベルタンと共にブラインドでテイスティングすると、その意味が明瞭になるものです。今回の講座はそのためのよい機会になりました。
 
 クロ・ド・ベーズはおいしいワインです。しかしおいしいワインならいくらでもあります。ブルゴーニュに限ったとしてもいくらでもあります。クロ・ド・ベーズを表現するのに「おいしい」という言葉だけでは不十分です。私は参加者の方々に、「仮にワインを、敬うべきワインと愛すべきワインのふたつに分類するとしたら、それぞれのカテゴリーに属すると思われるワインのアペラシオンないしワイン名を挙げてほしい」と、まず投げかけました。クロ・ド・ベーズは敬うべきワインに含まれるというのは一般通年であり、誰も異論のないところでしょうから、まずその名前をホワイトボード上の表に書き入れました。
 不思議なぐらい、そのあとの答えが返ってきませんでした。私は意識して通常とは異なる分類指標を提示し、ワインをいろいろな見方でとらえる姿勢を習得してもらいたいと思っています。自分なりのワイン観をもつためには大事なことです。しかし日本における勉強とはデータの暗記のようで、多くのワインファンないしプロはクロ・ド・ベーズが15・3887ヘクタール、シャンベルタンは12・9031ヘクタールといった数字は知っています。同じように、シャンベルタンの畑を二番目に多く所有するのは誰ですか、といった質問にも答えられます。そのような情報を断片的に数万数十万と記憶している人が「ワインを知っている」のでしょうか。それは悪い意味での「蘊蓄」だと多くの非ワインマニアからみなされ、ワインに対する、またワインファン一般に対するネガティブな感情を生成することにつながります。
 私は常にふたつのことを言っています。対象ワインに対する情報(事実データだけではなく個人的な記憶を含む)を自由にソートできるようにならなければいけない。そして、そのワインが自分にとってなんの役に立つのか、何の意味があるのか等を意識しなければならない、つまり対象と自分の関係性を自覚しなければいけない。別に難しいことではないと思いますが、そしてこう書いていても自分では当然だろうと再確認してしまうのですが、なかなか理解されない点です。

 ブルゴーニュワインの価格が高騰する現在、どうしても必要なワインはどれかを見極めなければいけません。
崇敬すべきスピリチュアルなワインをPPAPの替え歌宴会芸に笑いながらがぶ飲みするのは場違いですし、悪趣味です(スピリチュアルなふりをしているにせものを出すのはむしろ通なワイン選びかも知れませんが)。クロ・ド・ベーズは騒音の多い場所、こちらの精神状態が平穏清明でない時、余計な雑念が渦巻く環境では、味が分かりません。だからクロ・ド・ベーズを高額商品見せびらかし動機を潜在的にも内包する類のワイン会に持ち寄ってはいけません。アルコールを欲する時に飲んでもいけません。それ自体で完璧なプロポーションをもち、料理との接点が見出しにくいため、なんらかの料理に合わせるためのワインだとも思いません。クロ・ド・ベーズは典型的な修道院ワインです。修道院がワインを必要とする宗教的動機に適合するキャラクターが得られるから、クロ・ド・ベーズという場所を畑にしたのだと考えるべきです。クロ・ド・ベーズのファンは「その通り」とおっしゃるはずです。
 とすると、逆説的な表現ではありますが、消費者はどれほどクロ・ド・ベーズを必要としているのか、という疑問が湧きます。金額とは関係なく、日常的ワイン消費動機には出番がないワインなのです。だから私は、クロ・ド・ベーズはひとりないし少人数で、真面目にワインに向き合って鑑賞するか、またはこのような会で鑑賞するのが一番よいと思います。飲んで騒いで楽しむためのワインだけがよいワインではありません。鑑賞するワインも大切です。たまには、だとしてもです。

 クロ・ド・ベーズとシャンベルタンを並べてテイスティングすると、違いは恐ろしく歴然としています。隣同士の畑、どちらも似たようなものだと認識されがちなワインでも、この違い。そしてクロ・ド・ベーズは、生産者が異なろうとヴィンテージが異なろうと、そっくりな味です。まさにブルゴーニュはクリマの芸術です。
日本では、ブルゴーニュワインは造り手で選べ、と言われています。クリマやアペラシオンなどどうでもよい、と。そうでしょうか。A生産者のクロ・ド・ベーズとシャンベルタンがどうして同じ動機に適合しうるのでしょうか。ましてクロ・ド・ベーズが地域名ブルゴーニュやシャンボール・ミュジニーといった他のアペラシオンのワインと代替可能になるのでしょうか。例えばドメーヌ・ルロワやDRCといった超高級ブランドなら、ルロワやDRCという名前であること、つまり高額であることがそれを飲む主たる動機だということが考えられます。それは理解できます。ただし、それはブルゴーニュの精神に対する冒涜であり、ブルゴーニュファン、ブルゴーニュ通が本来とるべき姿勢だとは思いません。
 「造り手で選べ、クリマはどうでもいい」と主張する人たちが、本当にクロ・ド・ベーズと地域名ブルゴーニュの味の違いが分からずにそう言っているならかまいません。それは主観の話です。しかし違いを分かっていながらそれが分からないふりをするのは、他意があると想像されてしまいます。私が生産者Aのセールス担当なら、もちろん私は「生産者Aのワインはよい」というメッセージに焦点を当てるべきでしょう。しかし利害関係のない立場なら、まずは、「ブルゴーニュはまずクリマで選べ、そしてそのクリマの本質だと自分自身が思うところのものをよく表現していると自分自身が思える生産者のワインを選べ」、と言うのが筋だと思います。

 比較して飲むと分かるのは、クロ・ド・ベーズがキメが細かく、人を沈黙させるような緊張感があり、芯が通った味わいと、鼻から頭蓋骨に抜ける硬質な香りをもつワインなら、シャンベルタンは比較的ざっくりとしていて、寛大で、しかし芯は比較的ゆるく、香りが重く鼻の中にとどまるワインだという違いです。
 クロ・ド・ベーズに関しては多くの人が同じく考えると思います。しかしシャンベルタンの認識は違います。世の中では力強く堅牢だとされていますが、実は案外とソフトですし、それ以上にノリがカジュアルです。講座の中で私は誇張して「シャンベルタンは超高級パス・トゥー・グラン」だと言っていましたが、実は普通に飲める、厚みのあるフルーティさが魅力的な味です。
 しかしシャンベルタンをシャルムやマジや1級や村名と比較しては、このことがなかなか見えてきません。その比較の中ではシャンベルタンは当然緊張感があり、堅牢で、硬質な味に思えます。しかしそれでは質的上下の比較になってしまい、性格の比較にはなりません。
 だからシャンベルタンは、ヴィンテージと飲みごろを間違えなければ、デイリー消費やパーティー用にも使えるぐらいです。そう思えばシャンベルタンで買うべきヴィンテージは楽しいノリの年、つまり2009や2012です。逆に、クロ・ド・ベーズで買うべきはシリアスな年、つまり2008や2014です。
 ここで思い出すべきは、歴史的に、クロ・ド・ベーズは修道院のワインだったが、シャンベルタンは農民のワインだったということです。精神性と肉体性、抽象性と具体性といった対立概念は、このふたつのワインに恐ろしいほど該当します。今でも両者のワインの違いは何かという答えとして、「修道院のワインと農民のワイン」という答えは最良のひとつだと思います。』
















2 Comments

says..."管理人のみ閲覧できます"
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2021.06.09 05:59 | | # [edit]
日誌係 says..."Re:"

本当のところがどうかはともかくとして、こうやって色々考えながら飲むのも楽しかったりします。
もちろん何も考えずにサクッと酔っぱらいたいときもあるのですが(笑)

そういったイメージみたいなものを第三者と共有できるのも素晴らしさですよね。
我々日本人だとどうしてもキリスト教圏の肌感覚みたいなものがよくわかっていないので、たまには歴史のお勉強をしながら飲んだりするのも良いのかなあと、自分で下記ながら思っていました。

こちらこそいつもありがとうございます。
またよろしくお願いします。


2021.06.09 15:45 | URL | #- [edit]

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